在庫の棚を探るとタイミングを逸してアップロードできていない商品が散見されるのですが、春めいた陽光とFacebook に貼られた動画でふと「この機会に」と思い立った作品を。私は'75年早生まれですので、多感な20代の多くを過ごした90年代の空気というのに甘酸っぱい郷愁を覚えるのですが、この音楽を含めたカルチャー全体がきらめいていた時代の空気を多く孕んだ、ブラジル・エスピリト・サント州出身のマルチ・インストゥルメンタリスト/S.S.W. シウヴァによる'14年作品。間も無くの新譜発表と来日ツアーが予定されているカナダ出身のS.S.W.モッキーと、自ら色々な楽器を操るという共通項も含め、似通ったムードを感じます。
SILVA / VISTA PRO MAR (ブラジル輸入盤CD 2,194円+税)
このシウヴァことルシオ・シウヴァ・ヂ・ソウザは'12年にベッドルーム・サウンドを基調とした作品でデヴューを飾り、米国の西海岸で過ごした日々からこの「オーシャン・ヴュー」と題されたアルバムを作り上げました。80年代のロービットなシンセの音色と生楽器を巧妙に混ぜ合わせ、溢れる唄心から紡がれるポップなメロディと音色の面白さに重きをおいた結果、唯一無比のサウンドが生み出されています。海辺のゆっくり流れる時間を想起させるように、より身近に感じるようなハンドメイド・タッチの緩さを携えて。m-5"Okinawa"にはフェルナンダ・タカイがゲスト参加。
こちらは紛れもない新譜、前衛パフォーマンスの先駆けであるトン・ゼーの楽曲をサンパウロの女性シンガー、ヘジーナ・マシャードがトリビュート。
regina machado / multi plicar-se unica (ブラジル直輸入盤 2037円+税)
ヘジーナ・マシャードのキャリアはそもそもが、'81年にトン・ゼーのバックで歌い始めたのがスタート地点。というわけで、身近で見ていた奇才トン・ゼーの一筋縄ではいかない捻った楽曲に新たな息吹を吹き込むべく、前衛的なサンパウロ勢のミュージシャンと作り上げたのがこの作品。ヴァングアルダ・パウリスタ・ムーヴメントの中心的存在だったグルーポ・フーモのダンチ・オゼッチ(ナー・オゼッチのきょうだい)がギターとプロデュースを担い、エクスペリメントな打楽器奏者 - ギリェルミ・カストルピが参加、clなど生の管弦を用いながら、バイーア生まれの奇才が生んだシニカルでシアトリカルな楽曲をサンパウロの洗練で染め上げています。デヴィッド・バーンに"再発見"されたトン・ゼーの復帰作'92年からの楽曲が冒頭3曲、そして既存のスタイルが確立されている音楽を分解再構築してみせるエストゥダンド・シリーズのサンバ編('73年)から"To"、ボサノヴァ編('08年)から"Joao nos tribunais" をそれぞれ取り上げています。名曲"Nave maria"などは収録されていませんが、女性シンガーの慈しみ歌う佇まいと前衛的なサンパウロのミュージシャンによるチェンバーなアレンジで、トン・ゼー楽曲の新たな側面に気付かされる好盤。
サンパウロ大学のポルトガル語文学教授であり、カエターノ・ヴェローゾとグルーポ・コルポへの劇伴音楽を制作したり、またピアノを弾きながらクルーナーで唄うシンガー・ソングライターであるゼー・ミゲル・ヴィズニキ。ヴァングアルダ・パウリスタという前衛的なムーヴメントを牽引したグルー ポ・フーモのルイス・タチらと親交を深め、同グループからソロ・デヴューを果たした女性シンガー、ナー・オゼッチは1stアルバムで4曲ものゼー・ミゲル作品を採り上げています。
その5年後、93年にリリースされたゼー・ミゲルの初作「Jose Miguel Wisnik」は、前衛的なムーヴメントの印象を引きずるようにegやシンセと複雑に入り組んだハーモニーを作り上げる"Estranho Jardim"、"A Primeira vez, mamae, que eu fui ao cinema"など劇画調のロックがありつつ、冒頭の"Se meu mundo cair"や後年カルロス・カレカ監修の企画盤「Ladeira da Memoria」をはじめ多くのシンガーに取り上げられる"Laser"、最新作「ナー&ゼー」に再録される"A Olhos Nus"など叙情のサンパウロ音楽を確立した瞬間を切り取った作品でもあります。
カエターノ・ヴェローゾやトン・ゼーと共作されたコンテンポラリー・ダンスのグルーポ・コルポへの劇伴作品を二つ挟んで'00年に発表された「Sao Paulo Rio」では、カリオカのマルコス・スザーノ(per)やカルロス・マルタ(flute)にジャキス・モレレンバウン(cello)、エルザ・ソアレスの歌う"Comida e bebida"、そしてパウリーニョ・ダ・ヴィオラ作"O tempo nao apagou"というリオのエッセンス、そしてスワミ・ジュニオールとシコ・ピニェイロのパウリスタながら流麗なショーロ・アンサンブルを見せるふたりのギター、ナイロール・プロヴェッタの木管、そしてバリトン・ヴォイスのアルナルド・アントゥネスを活かした人力ドラムンベースの"Relp"に、バイーア生まれジュサーラ・シルヴェイラが参加したタンゴ"O sol enganador"など多岐にわたる彩り。
深遠なるピアノの調べから物静かに詩情を語りかける"Perolas Aos Poucos"、"Tempo Sem Tempo"、ルイス・ブラジル(g)とナー・オゼッチ(vo)がゲスト参加した"Primavera"といった冒頭からのメランコリーな名曲群から、故ホドリゴ・ホドリゲスが哀愁のハーモニカで参加する"O Extremo Sul"、ジュサーラ・シルヴェイラが歌うクラシック音楽からのマイナー・スケール旋律と北東部音楽フォホーを融合させた"Baiao de Quatro Toque"、ハイブリッドなサンバの"Presente”にはエルザ・ソアレス(vo)が参加、と大作ぶりでリリース後幾年たっても探すひとが後を絶たない名作「Perolas aos poucos」。