本日メールマガジンを発信しておりまして、そこには今日2タイトルをアップ予定と大層なことをブチ上げております。が、時間の余裕がございませんで、いつもの一枚集中にてご容赦いただければと思います。ちなみに食事の際のお楽しみメニューは最後まで取っておく方です。妖怪ウォッチではケータが取っておいた揚げパンをクマに食べられてしまいます。いまになって妖怪ウォッチの面白さに気付きました。世間の速度より大分遅れてますが、ブラジル音楽やアルゼンチン音楽に関しては UP TO DATE で居たいと願っております。勿論自分の範疇にて、ですが。
drawing : lili itoh
さて、標題のサンパウロのノーヴォス・コンポジトーレス周辺から登場した男性S.S.W.ルイス・アラーニャの作品についてです。近年のブラジル音楽/MPB作品としては極端に音数が少ないのが特徴で、生ギター、ベース、ドラムといったシンプル極まりない編成を基準に、その分際立って聴こえて来る甘くほろ苦い旋律、唄声で都会の情景を描いて行く、そんな作風です。
LUIS ARANHA / ONDE BATESOL (ブラジル直輸入盤 1,750円+税)
現在30代の前半でサンパウロ生まれ、州立カンピーナス大学(UNICAMP)でポピュラー音楽とギターを学んだ経歴の持ち主、ルイス・アラーニャは演劇などの舞台音楽も手掛けてきました。トン・ゼーの近作発表以降のステージなどでも活躍するドラムスのホジェリオ・バストスと共にアレンジの方向性を話し合いながら制作された10+1曲。ヴァングアルダ・パウリスタの流れを汲んだ冒頭"Nao Peco Socorro" のブリッジにもブラジルらしいソウル・テイストを盛り込んだり、m-2"Sentado na Soleira" をショッチたらしめているのは、素晴らしいルイス・ゴンザーガ集を発表しているギリェルミ・ヒベイロのアコーディオンだったり、管楽器を従えたガフィエイラ・サンバの佳曲m-8"Tem Cancao" やマルシャのm-10"O Amor na Banguela"、曲中に登場するトン・ジョビンやシコ・ブアルキの名前、とブラジルらしさを失うことなく独自に編み出した新鮮な音楽観を醸し出してくれているのですが、ギターの爪弾きにチェロが入ったりもするアルバム中盤のスローな楽曲群で発揮される持ち前の声の良さ、そして哀愁漂うメロディ・メイカーとしての抜群の感覚が聴きどころ。"Smoke on the water" をもじったリフが登場したり、ボーナス・トラックとして収録されている"A Batata e a Guitarra" は、幾曲かでバック・コーラスを務めるパウラ・ミリャン(「Cafe da Tarde」、「Amanhecer」、フィルアルモニカ・ヂ・パサルガーダ)とダンダラがリード・ヴォーカルをとる言葉遊びが愉快なキッズに最適な楽曲、と遊び心も盛り込んでいます。
'07年に発表の「Se e Pecado Sambar」はジョビン"Fotografia”から始まる絶好のボサ・ノヴァ・アルバムとなって長く売らせて頂きました。ボサ・ノヴァの、ブラジル音楽の歴史になくてはならない詩人ヴィニシウス・ヂ・モライスの孫娘にあたるマリアナ・ヂ・モライスが、自身の詩的で繊細な表現で敬愛を集めるサンパウロのゼー・ミゲル・ヴィズニキや、マリーザ・モンチらのプロデュース・ワークで知られるアレー・シケイラ、打楽器奏者のマルセロ・コスタらと作った通算3作目。
MARIANA DE MORAES / DESEJO (ブラジル輸入盤 2,315円+税)
マリアナ・ヂ・モライスは'69年のリオ生まれなのですが、本作にはボサ・ノヴァやサンバという枠組みに囚われることなく、前衛的で詩的なサンパウロのエッセンスと、海の匂いのする往来のブラジル音楽のエッセンス、双方を含有しています。映画女優としての生業もありながらの音楽活動、キャリア30年で単独名義ではわずか3つのアルバムと、寡作なひとですがその分濃厚な思い入れと、この人が演る必然性が発揮されて来た、と感じます。ボサ・ノヴァ的なクルーナーで唄われる声は幾分コンプレッションされて、様々な工夫が凝らされたオーケストレーションに正対、不思議な高揚感を全体で生み出しています。冒頭ドリフでお馴染みのラテン・クラシコ"Taboo" に挿入される"Canto de Iemanja"、リンコルン・オリヴェッティの管弦アレンジがエレガントに作用するm-3"Vai e Vem"、ガル・コスタの名演で知られるm-4"Flor do Cerrado" はサシャ・アンバッキ(key)、ジェセ・サドッキ(tp) らが参加して華やかにモダナイズ。ゼー・ミゲル・ヴィズニキ作のm-5 "Assum Branco" は故ドミンギーニョスが最晩年に参加して現代的なフォホーとなっています。ヴィズニキのピアノをバックに親密に唄い上げるm-7"Cacilda" のそこはかとなく漂う詩的な佇まい、アドリアーナ・カルカニョット作のm-8"Mativos Reais Banais" ではアドリアーナがパルチンピンでみせたキッチュな音使いを踏襲しながら共作者の故ヴァリー・サロマォンの声をサンプリング、オマージュを捧げます。全編でベースを担当するグト・ヴィルッティの小気味良いギターとハンド・クラップを中心に据えたサンバのリズム、サルヴァドールを拠点とするガニャデイラス・ヂ・イタプアのコーラスで優美な祝祭感に包まれるm-10"A Mae d'Agua e a Menina"、全編を通して斬新なリズム構築を手掛けるマルセロ・コスタに端を発するサンバ・エンヘードのバツカーダに朗読ともラップともつかない詩的な前衛表現で魅せるm-13"A Liberdade" まで、祖父ヴィニシウスをはじめとするブラジル音楽を芸術の域に導いてきた先達へのオマージュと斬新で論理的な幾多ものアイディアが詰まった好盤。
ギリェルミ・ヴェルゲイロのp、カルロス・ドス・サントスの7弦g にマリアナ・ヂ・モライスの唄。ジャズで解釈したシンプル・アコースティックなレパートリー。ジョビン"Fotografia”から始まる絶好のボサ・ノヴァ・アルバムも少数ですが在庫してございます。この機にぜひ。
Mariana de Moraes / Se e Pecado Sambar (ブラジル直輸入盤 2,286円+税)
includes : Fotografia (Tom Jobim) / Se e Pecado Sambar (Manoel Sant'Ana) / Meu Samba meu Lamento (Mauricio Carrilho, Paulo Cesar Pinheiro) / Pra Fugir da Saudade (Elton Medeiros, Paulinho da Viola) / Tenha Pena de Mim (Ciro de Souza, Babau da Mangueira) / I Fall in Love Too Easily (Kahn, Styne) / Ceu de Estio (Paulo Jobim, Ronaldo Bastos, Danilo Caymmi) / Estrada do Sol (Tom Jobim, Dolores Duran) / Medo de Amar (Vinicius de Moraes) / Fim de Sonho (Joao Donato, Joao Carlos Padua) / Deus no Ceu, Ela na Terra (Wilson Batista, Marino Pinto) / Agora e CInza (Bide, Marcal) / There Will Never Be Another You (Gordon, Warren)
Andre Marques e a Vintena Brasileira / Bituca (ブラジル直輸入盤 2,685円+税)
'75年サンパウロ生まれのアンドレ・マルケスはウィルソン・クリアのポピュラー・ピアノ研究所で学んだ後、ジンボ・トリオの設立したCLAMでアミルトン・ゴドイに師事、自身のトリオ・クルピーラでブエノス・アイレスのジャズ・フェスやロック・イン・リオにも出演、エルメートのバンドの鍵盤奏者としてはその言葉通り世界中を隈無く廻った経験の持ち主。このヴィンテナは若き23人のミュージシャンと共に、エルメートやイチベレの提唱するワーク・ショップ的手法でまったく新たなブラジル音楽を刻もうという試みが為されており、本作が3作目。S.S.W.としてノーヴォス・コンポジトーレス発の先鋭的な作品を発表しているギー・シルヴェイラスが参加し、m-4"Cravo e canela+Maria tres filhos" やm-10"Testamento / Milagre dos peixes"で程よくアウト・オブ・ノートしたegを聴かせるほか、速いパッセージを吹きぬくそれぞれの管楽器とスキャットの役割分担、曲をメドレーで繋ぐことで生み出すエキセントリックな展開、どれも斬新で躍動しています。かと思えばシンガーのアナ・マルタの声を中心に、アカペラ・コーラスの編曲としたm-5"Meu veneno"もあり、m-6"Morro venho" のようにアンドレ・マルケスのソロ・ピアノのみのトラックも。そこかしこにリード楽器でジャズ・インプロヴィゼーションを挟み込むのですが、アンサンブルの下支えとなっている打楽器奏者もリズム上での冒険を繰り返し、既知の楽曲に新たな息吹を吹き込んでいます。ミルトン・ナシメント「Travessia」のアート・カヴァーにオマージュを贈った本作のグラフィックはダニ・グルジェルが担っています。
収録曲:
Aqui e o pais do futebol/Conversando no bar
Primeiro de maio
Cravo e canela/Maria tres filhos
Morro Velho
Cancao do sal
Meu veneno
Anima
Testamento/Milagre dos peixes
Os Povos
Cais
もともと中二的な被害妄想の気があり、しばしば疑心暗鬼に苛まれる mi corazon を浄化してくれるのは、こころの籠った純度の高い歌唱。というわけで、アルゼンチンの正統派フォルクローレ女性シンガー、ヘオルヒナ・アッサンの3枚目となる新作。CDブックの装丁となる本作には、ヘオルヒナの詩作と並んでマリア・ウェルニッケの淡い色彩を用いた素朴な描画を掲載。カルロス・アギーレ(acc)、ラウラ・レデスマ(vo, cuatro)、ヴィトール・ハミル(vo, ブラジル)、ルーチョ・ゴンサレス(g, コロンビア)、マルタ・ゴメス(vo, チリ) とラテン・アメリカ中からゲストが参加、アコースティック楽器とチェンバーなアンサンブルがプリミティヴに澄んだ川沿い音楽の唄旋律に寄り添います。
GEORGINA HASSAN / TORNASOL (アルゼンチン直輸入盤 2,361円+税)
先頃現地にて再発された1stが2005年のリリースですから、3年に1アルバムのペースで丹念に作り込まれていることが容易に想像できる、'77年ブエノス・アイレス生まれの女性フォルクローレS.S.W.ヘオルヒナ・アッサンの3rd アルバム。前作「Como Respirar」から引き続いて、ジャズ寄りのアプローチで自作も発表しているディエゴ・ペネラスが制作/アレンジを担当、ヘオルヒナの書き下ろしが並ぶ冒頭"Azul de la manana" からマリッツァ・パチェロ・ブランコ(vln)の唄に寄り添う対旋律と共に展開のアクセントとなる良いピアノを弾いています。m-2"Zurcir" の可憐に旋律が舞い跳ぶさま、 m-3"Enquanto Isso" にはエレン・デ・ヨング(cello) 、フリエタ・ディ・フェデ(fagot)ら室内楽アンサンブルが彩るたおやかな情景。エルナン・クアドラドのコントラバスのみにガイドを頼み唄いはじめるm-4 "Solo por miedo"でのピッチの素晴らしさには感嘆させられます。正面を向いた純度の高い唄声と自身で爪弾くしなやかなギター、チャカレーラのリズムにインティ・イリマニのダニエル・カンティジャナがゲスト参加するm-8"La prietita clara"、チューバの低音と自在なクラリネットの波間を泳ぐようなワルツm-9"Agua de sede"、ヴィトール・ハミルが葡語でゲスト・ヴォーカルを務めるm-10のタイトル曲"Tornasol"、メランコリーを感じさせるアコーディオンの奏法がコンテンポラリー・フォルクローレの中心人物であることを図らずも証してくれているカルロス・アギーレ参加のm-11"A una hoja seca que vino de Francia"、近年に惜しくも亡くなってしまった国際的な女性S.S.W.ラサ・デ・サラのカヴァー m-12"El Pajaro" ではベシーナのラウラ・レデスマとデュエット、と前半の瑞々しく流麗な流れと後半の充実ぶり、秀逸なフォルクローレ作品。